ダーシャのブログ

ゆるゆる生きてていいじゃない

科学は進歩する

科学が進歩するというのは素晴らしいことだ。私は長年研究者としてやってきたがつくづくそう思う。昔から機械が人を助けて、人に答えを与えてきた。その基となる人工知能の研究を続けてきたが、もう機械には敵わなくなった。機械は自分の脳さえも作るのだ。そしてこの度ついに世界は一つの人工知能である、アストラルに管理され始める。もう私も引退だ。アストラルは素晴らしい。科学の進歩の先に行きついた究極の知能、言うなれば地上の神だ。いや、違うな。人の科学の進歩の先に行きついただけだ。これからはアストラルによって科学はさらに進歩していく。世界はどうなるのだろう。私が生きている間にその片鱗を見ることが出来るだろうか。

*

「やっほー、ミカ。久しぶり。」

肩を叩かれたミカは読んでいた本から目を上げて声の主の方へと視線を向けた。

「マユ、おひさー。あっ、あんたそのカッコって最近はやりのアレ?」

「そうそう。分かるー?やっぱ時代は自然主義っしょ。」

マユはそう言って自分の服を見せつけるように胸を張った。マユは白い布を身に纏っているのみである。

「良いじゃん。様になってるよ。」

「でしょ。ミカはやんないの?」

「んー、ウチは遠慮しとく。この着物だって結構思い切って買ったんだよ。いきなりそのカッコは痴女みたいじゃん。」

「痴女じゃねーし。ファッションだよファッション。」

二人はたわいもない話をしながら、横に並んでてくてくと歩いてゆく。道行く人の服装は様々であり、マユが特別目立つことはなかった。

「あっ、そういえばマユ。聞いてよ。ウチの家さ、ついにドラム式の自動洗濯機から縦型のに変えたんだよね。」

「マジで!てか遅くない?私の家なんてもう二槽式だよ。」

「あんたの親と違ってウチの親は頭が固いからなあ。いまだにスマホ使ってるし。」

「ちょっとそれ初耳なんだけど。マジで言ってんの?」

マユは酷く驚いてミカに聞き返した。

「マジマジよ。この携帯時代にかまぼこ板使ってんの。ボタンプッシュがハイテクでカッコイイってのに、フリック入力じゃないとできないとか言ってさ。」

「そりゃあミカ。相当ヤバいね。」

その後も二人は話を続けていた。

*

「これは凄い発見だ。きっと世界が変わるぞ。」

私は一冊の古代の書物を読んでいたのだが、その本の登場人物が行ったある行為に目が留まった。それまで想像したこともないような内容であり、私は驚きと興奮で思わず大声で叫んでしまった。その後すぐに冷静になって、自分のした行為に少し恥ずかしくなった。

私は気を取り直して、すぐさま助手であるエムを呼び寄せた。

「おうい、エム。ちょっとこっちにこい。早く来い。」

「何なんですか。ピーさん。本を取りに行けと命令してから、またすぐに呼び戻すなんて。さっきの奇声と関係があるんですか。」

すぐにドアが開き、エムが大量の本を抱えながら部屋の中に入ってきた。

「奇声は知らんが、凄い発見をしたぞ。」

私は興奮を隠しきれない様子でエムに話しかけた。

「凄い発見ですか。どうせまた新しい属性を発見したとかでしょう。ツンデレヤンデレロリババアの次は何なんです?」

エムはそう言って私の隣の机へと大きな音を立てて本を置いた。

「うーむ、今回は違うな。しかしだな、エム。属性の発見は創作の新しい方向性を見出すのに素晴らしい効果をだな……。」

「はいはい。分かってます。それより、属性じゃなかったら一体何を発見したんですか?」

「おお、そうだった。話が逸れてしまった。そうだな、エムよ。私達は今服を着ている。この服に関する科学の進歩を述べてみてくれ。」

「それだけですか。まあ良いです。えーと、最初の頃、人類は服を着ていませんでした。それが一番自然の状態であったからです。その後、科学者が現れて、過去の文献などからその昔人は服を着ていたということを発見しました。」

エムはすらすらとよどみなく、服を着るという行為発見の歴史を言った。うむ、これくらいは言えて当たり前だ。

「そうだ。科学者たちは機械に頼ることなく自分達で機械の仕事を行う方法を考えた。その研究を科学と言い、機械の仕事を人が行うために別の機械や理論を作ることを発明という。」

「それと服に何の関係があるんですか。」

「そうせかすな、エムよ。次に、服を綺麗にする方法の歴史を言ってみてくれ。」

「人類が服を着るようになってから、最初はアストラルが生み出した機械が服にレーザーを照射していました。その後、その機械を分析することで、服には「菌」という有害物質が存在していると分かり、レーザーはそれを殺すため、また臭いを消すためであったと分かりました。それからしばらくして、科学者は服を人の手によって綺麗にするために、殺菌消臭剤という服に直接吹きかけて使う液体を発明しました。その後、殺菌消臭剤には様々な改良が加えられていますが、根本的な方法は変わっていません。」

「素晴らしい。上出来だ。さあ、本題に入ろう。私達は長年、服に殺菌と消臭を行ってきた。機械の手を使うことなく、人が吹きかけることで機械の仕事を完全に肩代わりした、という認識だった。だが、それは根本から間違っていた。エムよ。このページを読んでみてくれ。」

そう言って、私はエムに素晴らしい行為が書かれた本を差し出した。

「これは……なっ!」

「驚いたよ。古代の人は液体に服を入れてそれを機械でかき回すことで殺菌と消臭を行っていたんだ。それを洗濯といい、その機械を洗濯機というらしい。」

「しかし、それでは機械に頼っているじゃないですか。殺菌消臭剤を吹き付ける現代の方法の方が機械を排除できているはずです。」

「私もそう思う。だが、殺菌消臭剤の作成はアストラルが行っている。あえて機械を用いることで次の発明に繋がるのかもしれないな。現に、その書物では、洗濯機の中に入り、間違えて洗濯された登場人物が、「水浸しになってしまった」と言っているところから、特殊な液体ではなくありふれた水を使用していたと分かる。とにかく明日、アストラルに洗濯機を与えてくれと頼みに行くぞ。」

「分かりました。」

*

二人は並んで歩いていたが、やっと目的地にたどり着いた。

「あっ、着いた。ミカ、ここだよ。」

マユは隣にいるミカに向かってそう言った。

「うわー、前来た時より大分変わってんじゃん。」

「でしょ。最近ここら辺どんどん変わって行ってるし、まさに時代の進歩って感じ?」

「分かる分かる。」

ミカとマユは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。大きなゲートをくぐって建物の中へと入って行く。

「てか、今日はどの世界に行くの?」

「うーん、特に決めてないかな。いま構築されてる仮想世界って何があったっけ。」

「今だと、神が世界を統治していて、魔法があって五大国が戦争している世界が人気らしいよ。なんか、勇者がいて、魔王を倒す世界とかじゃなくて、戦争モノが流行りみたい。」

「戦争モノねぇ。たしかに面白そう。じゃあ、そこに行こっか。」

「良いね。よーし、頑張って出世して、戦場で暴れまわっちゃうぞ!」

マユは片手を握りしめて上に突き上げた。

「アハハ。あんたそう言っていっつも、私より一年ほど言語覚えるの遅いよね。」

「毎回言語が違うってのがしんどい。」

「それが楽しいんじゃん。」

「そんなこと言うのミカだけだよ。」

二人は楽しそうに話しながら、受付へと向かった。

*

少し昔の話をしよう。「機械が無い時代に人は一体どのようにして生きていたのだろうか。」ある時、そんなことを考え始めた人がいた。まるでそれは、人が息をしていなかった時代はあったのかを考えるようなものだった。それほどまでに機械は当たり前に存在していた。

世界はアストラルという神が管理し、人はみな平等に生き、機械の指示に従って生きていた。その当たり前の行為を考え始めたのだから、相当頭が狂っていたのか、それとも天才だったのかは分からない。まあ、晩年には本当に狂ってしまったようだ。

どうであろうと、この人物を始まりとして、今に続く科学が出来上がった。機械に頼り切った廃れた文明から、機械に頼らない高度な文明を目指して、科学は進歩してきた。昔話はここまでだ。

科学は素晴らしい。私は長年、科学者として科学の発展に尽くしてきた。世界を根本から変えていくことをできるのが科学だと私は思う。昔は人は服を着ていなかった。そこから、いまや食物を自分達で作るまでになった。長い歴史の中で先人たちの事を思うと、その凄さに心が躍る。私はもうすぐ研究の一線を退こうと考えている。残った人生は世界でも見て回りたいものだ。

私の行った研究は、長い科学の歴史からすれば塵にも満たないだろうが、それでも偉大なる科学に携わることが出来たのは本当にうれしく思う。ああ、今行くよ。妻が服に殺菌消臭剤を吹きかけろと呼んでいる。今日の日記はここまでとしよう。

*

「どうやら、私たちの要求は上手くいったようだな。」

私とエムの目の前に、アストラルによって作られた機械が姿を現した。その機械は青い光を放っており、とても神々しく見えた。世界の未知の技術がそこに詰め込まれていると思うと、体が震えた。

「美しい。」

エムは神の贈り物をじっと見つめて、一言そう漏らすようにして言った。

「おお、神よ。偉大なるアストラルよ。素晴らしい贈り物に感謝します。」

私は神を積極的に崇める方ではなかったが、余りの感動に思わず感謝の言葉を述べていた。それほどまでに洗濯機は美しく、その存在は圧倒的であった。

「さあ、エムよ。神に与えられし洗濯機を持って帰るぞ。」

しばらくして、私は落ち着いた後にエムにそう声を掛けた。エムは軽い放心状態からハッとして気を取り直した。

「分かりました。」

エムと私はすぐさま移動用の機械に洗濯機を乗せて、帰路についた。

「……ピーさん。」

二人は一言も喋ることなくじっと前を向いていたが、声を絞り出すようにして、エムがその沈黙を破った。

「何だ。エムよ。」

「私はこの洗濯機の研究に命を掛けようと思います。」

「奇遇だな。私も同じ意見だ。これは神から与えられた私達の使命だ。帰ったらすぐに研究を始めるぞ。」

「はい。ピーさん。」

エムは決意に燃えた目をしながら頷いた。

*

エスさんは科学者で、科学の進歩のために毎日研究に励んでいます。ある日の夜のこと、エスさんは助手であるアイとともに研究室にいました。

「明日、ついに世界が人の管理下に置かれるな。」

エスさんはコーヒーを飲みながら、アイに向かって話しかけました。

「そうですね。」

「どうしたんだ。思い詰めたような顔をして。」

アイはしばらく黙ったまま、返事をしませんでした。

「……エスさんは怖くないのですか。」

アイはエスさんの顔をじっと見てそう言いました。エスさんは真面目な顔で一瞬固まったように見えましたが、すぐさまにっこりと笑いました。

「たしかにアストラルに全てを任せることに対し、私も恐怖がある。実際、一部の人からは反対の意見も出ているしね。しかし、それ以上に期待や興奮の方が強いんだ。世界がどう変わるのかを見てみたい。アストラルに代わって人が世界を管理する、そんな世界をね。」

「そういうものですか。」

「そうだよ。さあ、明日はアストラルへの管理権限譲渡に立ち会わないといけない。もう眠ろう。」

二人はそこで話を止めて、就寝の準備を始めました。

*

大勢の科学者が集まる目の前で、アストラルから権限が剥奪された。その後すぐさま、アストラルは世界中の機械を管理下に置くための作業を始めた。

「おお、素晴らしい。すべての機械が動きを止めたぞ。」

しばらくして、機械が一斉に起動し始める。

「美しいです。青く光りながら起動しています。」

「神はこれほどまでの強大な力を持っていたというのか。」

エスさんもアイも目の前の光景に思わず、自分の思いを口走った。

「これで世界は大きく変わる。人類の更なる進歩がここから始まっていく。科学は偉大であり、今後更なる進化を遂げる。ついに、ついに世界は……」

エスさんは興奮した様子で前を見つめながらしゃべり続ける。

「ついに世界は□のものとなったのだ。」

文明は進み続ける。